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ヴァロットン展
 
始まる前から行きたいと思いつつ、いまになってしまったヴァロットン展。
テレビで紹介されたみたいなので混んでるかなあと心配だったが、
平日のせいか猛暑のせいか、一枚一枚ゆっくり観られた。

いちばん好きだったのは、写真を使って描いたという平面的で不穏な風景画。
「残照」「ロワール川岸の砂原」「白い砂浜、ヴァスイ」「ボール」など。
特に「残照」の空のグラデーションと木の枝ぶり、「ロワール川岸の砂原」の
鏡面のような水に見入ってしまった。

次によかったのは版画。「アンティミテ」の連作もよいけど、
「街頭デモ」「にわか雨」「暗殺」が好き。「街頭デモ」の余白の使い方!

あとは背景の色合いと浮遊する女性像が不思議な「ワルツ」、
男の禿頭のテカりとシニカルな女の口元の対比が笑える「貞節なシュザンヌ」もおもしろい。

図録とポーチ、付箋を購入。

| 鑑賞メモ | 06:22 | - | - |
初めての文楽
谷崎潤一郎の『蓼喰う虫』で、主人公の斯波要が義理の父に誘われ文楽を見に行く場面がある。朱塗りに東海道五十三次の蒔絵のある杯で酒を飲む父。馳走の入った重箱を持ってきて、ちょうどいいタイミングで、父の杯に酒をつぎたす妾のお久。ふたりの姿を見ながら、要は〈成るほど、人形浄瑠璃と云うものは妾の傍で酒を飲みながら見るもんだな〉と思う。妾と見るって、なんて隠微な。

『蓼喰う虫』は要と妻の美佐子が別れることを決めていながらもだらだらと離婚の日を先延ばしにするだけの小説なのだが、ものすごくおもしろい。別れるにはどの季節がいいかとか、犬が鱧みたいだとか、お久が何を着ているかとか、弁当に何が入っていたかとか、細部を読んでいるだけで楽しい。老人の文楽談義も。

ちょうど作中に出てきた『生写朝顔話』の「明石船別れの段」「笑い薬の段」「宿屋の段」「大井川の段」を上演するところがあったので行ってみた。会場の入口で、文楽人形を見せていた。写真撮影も可能。美しいという単純極まりない感想しか出てこない。何の人形か質問したけど、答えが聞き取れず。あとで調べてみたら『ひらかな盛衰記』のお筆でした(たぶん)。


『生写朝顔話』は、お家騒動とすれ違いの恋をからめた時代物。太夫の声と三味線の音が気持ちよすぎて途中で眠くなったりしながらも、コミカルな「笑い薬の段」もあって初心者には入りやすかった。『蓼喰う虫』の美佐子の恋人の名前が阿曾なのは、この話が由来だったんですねえ。

しかし見た後に『七世竹本住大夫 限りなき藝の道』を読んだら、自分はとうてい鑑賞したとは言えないと思った。ただ見るもの聞くもの珍しくて喜んでいただけ。

著者は光文社古典新訳文庫でプルースト『失われた時を求めて』を個人全訳中のフランス文学者・高遠弘美。高遠さんがひとりの愛好者として住大夫師の名人芸の秘密に迫る。他の太夫に対しては厳しい発言も多い。異色の文楽本だ。

誰でも歳をとると、「先祖返り(アタヴィスム)」のようにして、自分の生まれた国の文化が好きになるということはあるでしょう。私が住大夫の藝をすばらしいと思うのは、しかしそうした「先祖返り」ではないような気がします。

というまえがきの文章にまず惹かれた。読んでみると、住大夫師のモダニストとしての一面などにもふれてあって、日本文化・古典芸能を無条件に礼賛していない。

わたしは一度見ただけで知識が皆無だからわからない部分も多いのだけれど、住大夫師が他の太夫とどうちがうかということが言葉を尽くして語られているところに圧倒された。例えば、住大夫師がどんなふうに「と」を使い分けるかを書いたくだり。一つひとつの「と」を変えて語る住大夫師はもちろん、どう変えているか聞き分けられる高遠さんもすごい。

ちがいがわかるようになりたい、と思う。そのためには、丁寧に見て丁寧に聞くことを繰り返すしかないのだろう。文楽に限らず、芸術は何でも。

語りが重要という点で、小説好きは文楽と相性がいいかもしれない。また行ってみるつもりだ。
| 鑑賞メモ | 00:34 | - | - |
佐脇健一「未来の記憶」と福田尚代「慈雨 百合 粒子」
佐脇健一「未来の記憶」(目黒区立美術館)。

3年前くらいに観た犬島精錬所を思い出した。
廃墟となった近代産業遺産や最先端テクノロジーをモチーフにした風景彫刻。

塔や工場がぽつんと建っている。
飛行機が砂に埋もれている。
どれも見たことがないのに懐かしい景色。つくられた錆が美しい。

特に好きだったのは、胡桃の箱に青空の写真とオブジェが入れてあるwood workのシリーズ。コーネルの箱も好きだし、箱の中に世界が閉じ込めてあるものに弱いのかもしれない。

平日の午前中だったせいか、すごく空いていてほぼ独占状態だった。
2巡して、wood workだけ最後にもう1回観た。
無理して行ってよかった。
6月9日まで。



神田に移動して福田尚代「慈雨 百合 粒子」(小出由紀子事務所)。

昨日存在を知った福永信さんのブログで、福田さんの作品メモについてふれた文章を読んだ。

この「作品に関するメモ」は、短い言葉で自作を振り返っているが、これ自体が最良の短編小説みたいな、言葉の魅力にあふれた読み物になっている。ただし、かなりちっこい字だ。色もやや薄くしてある。「なぜ小さい字なんですか」とトークのときに聞いたら、「言葉って、小さなものだと思う」、福田さんは即答した。

「言葉って、小さなものだと思う」という一言に惹かれた。

福田さんは書物を素材にして作品をつくっている。
子供のころから大切にしていたピーターラビットの絵本に美しい黴のような刺繍を施したり、少女マンガのキャラクターの一部分を切り取ってコラージュにしたり、古い岩波文庫のパラフィン紙(文字がうつっている)を「言葉の精霊」と名づけたり。
モノとしての本のおもしろさ、本に染みついた記憶と時間が立ち上がる。

書物を折り込んだ〈翼あるもの〉が代表作。
「展示のためのノート」の福田さんの文章を引用してみる。

書物の頁がすべて織り込まれるとき、思いがけない言葉が立ち現れる。〈翼あるもの〉は、私に一輪挿しの花のありさまを呼び起こさせる。彼らが差し出す言葉は、前後左右からすっぱりと切り離されて存在している。点在する彼らのあいだには、互いのたったひと言によってのみ成立可能な、この世的でない呼応が発生する。

小出由紀子事務所が入っているビル。福田尚代展は9日まで。
| 鑑賞メモ | 14:37 | - | - |
「ねこ歩き」展
岩合光昭
クレヴィス
¥ 1,680
(2013-05-29)

岩合光昭さんの「ねこ歩き」展に行ってまいりました。
NHKのBSプレミアムで放送している「世界ネコ歩き」のファンなので。
ネコ目線で撮影した世界各地の風景が素晴らしい番組です。

今回は最新写真集『ねこ歩き』に収められた写真が展示されています。
会場はすごく混雑していました。
が、大きなパネルで、美しい発色で、いろんな猫の瞬間が観られる。
雄と雌が視線をかわすところとか、ハイタッチするところとか。
犬をベッドにしてくつろいでいる猫とか、ザリガニと戯れる仔猫とか。

ちょうど岩合さんのサイン会が開かれていたので、いただいちゃいました。
日本橋三越で6月10日まで。
| 鑑賞メモ | 20:30 | - | - |
マームとジプシー
  
マームとジプシーの公演、「てんとてんを、むすぶせん。からなる、立体。そのなかに、つまっている、いくつもの。ことなった、世界。および、ひかりについて」を観てきました。

飴屋法水さんとのコラボレーションは観に行ったことがあるのですが、本公演は初めて。

家出して森の中でキャンプ生活を始めたアヤ。彼女に協力し、何かと世話を焼くシンタロウ。アヤに会いに行くサトコとアユミ。小さな女の子が死体となって発見された川。神かくしにあった子を育てる狼の話。銃を持った男に会ったハサタニくん。スクールバスのドアにはさまり、鹿の群れに運ばれるジッコちゃん。サトコの腕に増えたホクロ。10年後、町に帰ってきたシンタロウ。アヤの不在。2001年と2011年、2013年の今。記憶の点と点を結ぶ。

同じ台詞がフォーメーションを変えながら何度も繰り返される。実験的なんだけど、描かれているのは、今はもう会うことがない友達と過ごした日々の記憶。進学が決まって町を出ることになったサトコが、駅でアユミに見送られる。電車が出発して、遠ざかるアユミの姿が消えてしまう前に目を閉じたというところがとてもよかったです。とても。
| 鑑賞メモ | 07:52 | - | - |
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